クリニカルパスって何?

院長 板野 聡

 最近、医療現場で「クリニカルパス」という言葉が使われています。工業関係に詳しい方だと聞いたことがあると思われたかもしれません。では、この「クリニカルパス」とは一体何のことなのか、今からご説明いたしましょう。


 クリニカルパスの原型はクリティカルパスに由来しています。このクリティカルパスというのは、多くの契約者が複雑に関わって1つの作業を行うコンピュータ関係・建築関係などの産業界で、1950年代に工程管理のツールとして開発されたと言われています。医療界では1980年代に、アメリカで診断群別定額支払い方式(DGR/PPS)の対応策としてカレンザンダー氏が導入したことに始まっているとされています。

 一般には、クリティカルパスは作業(病院では初診から検査、治療といった一連の行為)を各段階に分解し、時間の流れの中で順次行うものや同時に行うものを並べていき、フローチャートと呼ばれる図(図1)に表します。各々の作業にかかる時間や作業の順番を検討して、全体の工程を規定しているラインをクリティカルな経路として発見と改善を繰り返すことで、無駄を省き、効率の良い、適正な作業を実施することができます。たとえば、順番を間違えていったん行った作業をやり直すことや、ある作業が終了するまで別の作業が待たされるというような無駄を減らすことが可能になります。また、一連の作業工程全体の流れを、作業に関わる人全員が理解して情報を共有することで、無駄な動きもなくなり、他分野からのアイデアや提案などのコミュニケーションも可能になります(図2)。

図1 PERTとクリティカルパス

PERTとクリティカルパス

図2 ガント・チャート

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17
診察 図2ガントチャートの矢印1                                
検査A       図2ガントチャートの矢印2-2 図2ガントチャートの矢印2-3                
検査B     図2ガントチャートの矢印3-1 図2ガントチャートの矢印3-2                    
説明                   図2ガントチャートの矢印3            
治療                       図2ガントの矢印4  

 クリニカルパスは、各医療施設でも標準的な治療計画や検査計画をたてるためのツールとして使われてきましたが、当初は「クリティカルパス」と呼ばれていました。しかし数年前から学会設立などを契機に「医療に関わる」という意味から「クリニカル」になり経路をパスウェイということから併せて「クリニカルパス」と呼ぶようになったようです。現在は「クリニカルパス」という言葉が一般的に使われています(図3)。各医療施設でも、と述べましたがいずれはそれが、ある地域や日本全体といった規模で標準化されるかもしれません。そうなれば、診断群別定額支払い方式(DGR/PPS)の日本版が行われるのでしょうか。

(注1)時間の区切り方には自在生をもたせる

図3 クリニカルパス

右段 – 日 (注1)1 2 3 4・・・  
下段 – 介入
(注2)
患者問題


(注3)中間目標 (注4)アウトカム
(注3)アウトカムに向けた目標を設定する (注4)どういう状態になれば退院できるかを設定する
(注5)
治療
検査


(注5)目標やアウトカム達成に向けたスケジュールを組む  
(注2)患者の問題をピックアップする

 では次に、クリニカルパスのメリットを具体的にご説明いたしましょう。

 クリニカルパスには「標準化」というものが基本にあります。従来の医療行為は、ある意味では、前近代的に各医師の経験によるものが多くありました。例えば、同じ病気でも、ある医師はあらゆる検査をしてから治療を考える一方で、別の医師はあまり検査をせずに治療に取り掛かるということもあり得ました。そして、使う薬の選択も各医師に任されることが多くありました。もちろん、同じ医師でも同じ病気でも、患者様の年齢や体力などの条件の違いから患者様に対する手順は違うものになりますし、各医師ごとに検査や治療の技術に差(経験年数や得手不得手など)があるために、一概に「同じに」とはいかないのは当然なのですが、医学が科学と言われる反面で前近代的であると言われる原因でもある、いわば「流儀」ともいえるやり方が残っているという事実の証でもありました。
 従って、同じ病気でも各施設で、また、各医師のレベルで少しずつ違いが生じるのはやむを得ませんが、それでもこういった「差」や「違い」を理解の上でなお、標準化できるものをという考えからクリニカルパスが作成されました。このことにより、各医師の技術の向上目標や改善点、考え方の標準化や情報の共有化がなされることで、より効率の良い安全な検査や治療が可能になり、そうした一連の「流れ」に対しての評価と改善もできることになります。また、クリニカルパスそのものがそれぞれの施設で少しずつ改善され「進化」を遂げることも可能なのです。これが、クリニカルパスのメリットと言えます。繰り返しになりますが、同じ病気であれば、年齢や体力などを考慮の上で、一定の決められた手順で検査や治療をしていくことは、経験や勘という不確かなものを極力排除して、過去のデータに基づいた実績から検査や治療(EBM,evidence based medicine,実績に基づく医療と呼ぶ)を行うことにつながります。こうすることで、一人の医師の経験で治療をするのではなく、その施設のスタッフ全員が共通の意識で患者様を診ていくことができ、また、経過中に不都合なことが起これば、「標準」からの逸脱としていち早く発見することもできるのです。施設側から言えば、ある程度の範囲で決められた治療薬に統一することができ、薬剤管理の効率化が図れます。統一された手順をふむことで医師ごとの違う指示による混乱の回避につながり、また、指示のやり取りの誤りも予防できます。

 以上のようなことから、医療現場にもクリニカルパスが導入されるようになったのです。


今回の資料として次の文献を参考にさせていただきました。
山嵜 絆:クリニカルパスとは.カレントテラピー 20,8,8-13,2002